この会について

理事長挨拶

被害者家族としての辛く苦しい体験を、“支援”と“救済”に生かしていくために……

理事長 児玉正弘 (こだま まさひろ)

「娘の介護と両立しながら、社会貢献の一環として意義ある活動をしていきたいと思います。」

私の長女(当時21歳)が交通事故に遭ったのは、平成15年3月のことでした。瀕死の状態からなんとか一命は取り留めたものの、遷延性意識障害という重い障害が残り、これから娘をどうやって看ていけばよいのか?また、損害の回復はできるのか?まさに地獄に落ちたも同然で、パニック状態に陥っていました。

途方に暮れていた私たちを闇から救い出してくれたのは、交通事故被害者を救済するために、強く支援してくださる弁護士との出会いでした。先の見えない介護の日々に、身も心も疲れはてていましたが、弁護士の先生方と共に娘の損害回復のためにがんばった結果、私たちの主張は裁判で希望通り認められたのです。

裁判が終わった現在も、介護に明け暮れる毎日ですが、ここへきてようやく、家族と共になんとか頑張っていけるという自身がついてきたところです。そこで私は、「今、同じ苦しみの中にいる被害者家族を可能な限り支援し、私達家族が救われたと同じように、救済することができれば」という一念から、娘の介護をしながらではありますが、社会貢献の一環として意義ある活動ができると確信し、有志とともに当会の設立を計画した次第です。設立に対しご賛同くださった弁護士の先生、ジャーナリストの方などのご支援を仰ぎながら会員の皆様を支援し、辛く悲しい経験をした者同士、手をつなぎ合い、お互いに助け合いながら明日への希望を見出していきたいと思います。

プロフィール

神奈川県在住。2003年、長女(当時21歳)が事故により遷延性意識障害の重症を負う。協力弁護士の尽力で損保側主張を覆し、完全勝訴。現在は自宅で介護を行っている。

理事長 佐藤則男 (さとう のりお)

「被害者が孤立や泣き寝入りをしないよう、信頼と尊敬の念を持って交流を図っていきましょう。」

警察庁の発表によれば、交通事故による死亡者数は、昭和45年をピークに減少傾向にあります。しかし、対照的なのが人身事故数も重傷者数も増加傾向にあることです。これは、医学の進歩によって命は取り留めたものの、重症の障害を背負わされた交通事故被害者が多数存在するとう事実の現れと言えるでしょう。

平成13年に交通事故に遭った我が息子(20歳)もその一人です。事故以来、人工呼吸器を装着し、ベッドでの生活を余儀なくされています。本人はもちろんのこと、私たち家族も事故前とは比べ物にならないほどの悲しみと苦痛に耐えなければならない介護生活に陥りました。そんな中、加害者側が加入していた自動車保険会社は、被害者である息子に対して「寝たきり者は長く生きられない」と、余命10年を主張し、極めて定額の損害額を算出してきました。本来なら男性の平均余命まで58年あるはずなのに。私たちは幸いにも多くの裁判実績のある弁護士と出会うことができ、こうした理不尽な主張をくつがえした上で、損害の回復を図ることができましたが、加害者側の耳を疑うような主張には、計り知れない苦痛を感じ、まさに「二次被害」を受けたと言っても過言ではありませんでした。

交通事故はある日突然、平穏な日常を破壊します。こうした被害に遭われた被害者とその家族が、孤立せず、泣き寝入りせず、お互いに手を取合って損害の回復を図ることが重要です。会員お一人おひとりが、信頼と尊敬の念をもって交流できるネットワークを作り上げていきたいと思っています。

プロフィール

千葉県在住。2001年長男(当時20歳)が事故により遷延性意識障害の重症を負う。裁判では、「余命10年」という損保側主張を協力弁護士とともに覆した。現在は自宅で介護を行っている。